水呑峠

この峠付近は昔から湧き水に恵まれたところから名付けられました。

 

言い伝えでは和歌山城にある虫食い跡の模様が「ちゃやのばば」と読めたので、徳川頼宣が家来に調べさせたところ、水呑峠の茶屋の老婆や、熊野詣での旅人を手厚くもてなしていることを聞き、褒美を取らせたと言われています。

 また、田辺領主安藤帯刀直次が虚空蔵参りの時、茶屋の人の接待に心を打たれ「下り藤の木杯」を与えたと言われています。

 茶屋の傍らには、昼寝権現(王子権現)と呼ばれる小さな宮が祀られ、ここから田辺城下や湾内を一望することができ、旅人がその景色を眺めながら休息するうちに寝てしまったことからこの名がついたとされています。